更新:2009年4月(2)
(こかわでら・きょぼくち) (和歌山県紀の川市) 
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粉河寺・踞木地のクスノキ
環境省巨樹巨木林DBによれば、幹周/7.70m、樹高/20m。粉河寺本堂の東側にあります。
粉河寺・踞木地のクスノキ
傍らに「踞木地」の石碑が立っています。粉河寺の開祖・大伴孔子古が踞(うずくま)り下を通る鹿を狙った故事によります。
粉河寺・踞木地のクスノキ
踞木地のクスノキの後に見えるのは六角堂。大きな瘤が2本の支幹の下に見えます。
粉河寺・本堂 粉河寺・大門
粉河寺・本堂(重文)  ●粉河寺・大門(重文)
十禅律院の伊吹
粉河寺・本堂の後方にある「十禅律院のイブキ(伊吹)」。紀の川市の自然保存木に指定されています。
名称 : 粉河寺・踞木地のクスノキ
所在地 : 和歌山県紀の川市粉河2787 ○地図リンク提供:マピオン
撮影日 : 2009/3/7 粉河寺マップ
指定 : 紀の川市指定天然記念物
アクセス : JR和歌山線・粉河駅から北に約1km、徒歩約20分。  【車】阪和道・和歌山ICから国道24号を東へ約30分。
粉河寺(こかわでら)は西国三十三ヶ所観音霊場の第三番札所です。歴史的にも国宝「粉河寺縁起絵巻」で有名な、天台宗系・粉河観音宗の大本山という古刹です。 粉河寺は、寺伝によれば奈良時代末・宝亀元年(770年)の開創で、開祖は大伴孔子古(おおとものくじこ)。詳しくは粉河寺のホームページで紹介されています。
 国宝「粉河寺縁起絵巻」は粉河寺開創の由来を絵巻にしたもので、成立は平安時代後期の12世紀後半とされ、紙本着色、一巻、全五段で構成されています。天正13年(1585年)、豊臣秀吉が紀州に攻め入り、粉河寺は根来寺や雑賀衆とともに抵抗したものの全山全焼してしまいました。この時、粉河寺縁起絵巻も焼損したとのことです。それでも焼け残った部分も多く、当時の武士や庶民の生活を知る上で貴重な絵巻となっています。日本の歴史教科書や歴史本には必ずといっていいほど出てくるほど著名な絵巻です。
 なぜ踞木地(きょぼくち)というのでしょうか?説明板では、”このクスノキは寺伝によれば「光仁天皇(宝亀元年、西暦770年)の頃、大伴孔子古はこの木に踞して下を通る鹿などを・・・・・」と記されている。このクスノキはその踞木地にあり、かなりの樹齢であると推定できる。”とあります。
 また、お寺への参道には「大神社のクスノキ」がありますので、忘れずに見て下さい。
(HP管理者)

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No.220