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京阪電車八幡市駅から男山ケーブルに乗り石清水八幡宮の御本殿に向かいました。2013年の元旦に初詣に来たときはケーブルも長蛇の列で、30分ぐらい麓の駅で待たされましたが、平日のことでもありケーブルカーのお客は私一人でした。
石清水八幡宮が鎮座する男山の地は、木津川・宇治川・桂川の三川が合流し淀川となる地点を挟んで天王山と対峙する位置にあり、貞観元年(859年)に宇佐八幡宮を勧請したことに始まります。祭神として、応神天皇・神功皇后・比淘蜷_(ひめのかみ)祀る日本三大八幡社の一つです。京都の町から見て西南に位置し、裏鬼門を守る重要な役割をしてきました。
源義家もここで元服し、八幡太郎を名乗ったことでも有名ですが、歴史的に興味がわくのは、永承元年(1046)に源頼信が石清水八幡宮に納めた告文で清和源氏が実は陽成源氏であるとの系図が書かれていることです。陽成天皇は清和天皇の子ですが評判が悪かったことから一代さかのぼり清和源氏にしたのではないかとの話が伝わります。
カヤの木は南総門の前にそびえており、幹周自体は4m足らずですが、石清水八幡宮の信仰を示す神木として大事にされています。石清水八幡宮のHPでは、カヤの実からとるカヤ油と大山崎油座との関係から御神木として、また現在でも石清水祭の神饌として使われているそうです。
石清水八幡宮の巨樹については、石清水八幡宮のクスノキ、高良神社のタブノキでも紹介しています。
(HP管理者) |