(大阪府河南町) 更新:2016年4月(12)
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弘川寺の隅屋桜
ここ弘川寺は、平安時代末期の歌人・西行法師終焉の地として有名です
弘川寺の隅屋桜
護摩堂と隅屋桜。
弘川寺の隅屋桜
花は一重のベニシダレです。咲きはじめは非常にピンク色が濃いのが特徴です。
弘川寺の隅屋桜
弘川寺の隅屋桜
本当に細い桜の木です。でもきれいな花びらですよ。
弘川寺本堂 弘川寺本堂
隅屋桜説明板 隅屋桜説明板
名称 : 弘川寺の隅屋桜 樹種 : 江戸彼岸桜 
所在地 : 大阪府南河内郡河南町弘川43 ○地図リンク提供:マピオン
撮影日 : 2016/3/28 弘川寺マップ
指定 : 指定なし
アクセス : 近鉄富田林駅から金剛バス・河内行きで終点下車、東に約200m。 【車】南阪奈道路・羽曳野ICから10.5km。駐車場があります。
今から800年ほど前、「願はくは花のしたにて春死なむ その きさらぎの望月のころ」と詠んだ平安時代末期の歌人・西行法師(さいぎょうほうし)の終焉の地といわれるのが大阪府河南町の葛城山麓にある弘川寺(ひろかわでら)です。
 弘川寺は、境内の由緒書きによれば、天智天皇4年(665年)に役行者の草創になります。その後弘仁年間には、弘法大師空海が中興しています。歌聖・西行法師は晩年を弘川寺で過ごし、文治6年(1190年)この地で没しました。本堂の裏手には西行堂と西行法師の墳墓があります。現在は真言宗醍醐派の寺院で、4月中旬には府の天然記念物に指定されているカイドウ(海棠)が咲くことでも有名です。
 隅屋桜(すやざくら)に関しては、「河内名所図会」などに南朝の忠臣、弘川城主・隅屋与市が弘川寺にて奮戦し、規桜(ぶんまわしざくら)の下で討死したという記述があります。規桜は絶えましたが「すや桜」は今もその名をとどめています。細い幹の小さな桜の木で、ちょっとがっかりしたのですが、ピンク色の可憐な花を咲かせていました。
 西行法師についてはネットで検索すると色々と分かると思いますよ。
(HP管理者)

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