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知恩寺は、浄土宗七大本山の一つで、通称を百万遍(ひゃくまんべん)といいます。浄土宗の開祖・法然上人は、43歳の時に長年修行をしていた比叡山を離れ、知恩寺の前身である賀茂の「神宮寺功徳院」に身を寄せました。法然上人は弟子の源智上人(げんちしょうにん)にこの地を譲り、法然上人の亡くなった後、源智上人は、法然上人や人々の御恩を知り、その御恩に報いるようにと、恩を知る寺、すなわち「知恩寺」と称したのです。
元弘元年(1331)、疫病を鎮めるように後醍醐天皇の命を受けた第八代住持空円上人は、七日七夜百萬遍念仏を唱え続け、疫病が鎮められたということから、「百萬遍」の勅号を授かり、百萬遍知恩寺と号するようになりました。
「ふじ桜」は境内の御影堂の左手前、鐘楼のそばにあり、特別に柵などは設けられていませんので花を近くによって観察できました。長徳寺のオカメ桜に比べて余り知られていないためか、満開にもかかわらず見学に来る人は多くありませんでした。京都市内では早咲きで、貴重な観光資源ですのに。
ふじ桜は桜の種類としては「マメザクラ」ということが「日本の桜」(学研発行)に載っていました。「マメザクラ」は日本に11種類ある桜の原種の一つです。
境内にはオカメ桜もあり、同時期に満開を迎えます。また毎月15日には手作り市が境内で開かれ、400店以上が出店する人気のイベントです。
現在百万遍という地名はありませんが、交差点やバス停、知恩寺周辺の通称となっています。
(HP管理者) |