(長野県飯島町) 更新:2017年6月(15)
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西岸寺のカヤ
環境省巨樹巨木林DBによれば、幹周/4. 50m、樹高/18m、 幹周実測値/5. 24m。
西岸寺のカヤ
樹齢500年といわれますが、成長は止まっているそうです。
西岸寺のカヤ
大きな空洞が口を開けています。
西岸寺のカヤ
西岸寺のカヤ
西岸寺のカヤ
地上2mの所から杉が生えています。
西岸寺のカヤ説明板 西岸寺のカヤ説明板
名称 : 西岸寺のカヤ
所在地 : 長野県上伊那郡飯島町本郷1724 ○地図リンク提供:マピオン
撮影日 : 2017/4/14 西岸寺マップ
指定 : 指定なし
アクセス : JR飯田線・伊那本郷駅から南南東に約900m、徒歩18分。 【車】中央道・松川ICから県道15号を北に3.9km、右折し2.3km。駐車場あり。
カヤの前にある説明板では、目通し幹周4.8m、樹高18m、枝張り東西17m、南北16mで樹齢500年といわれているとあります。このカヤの木には地上2mの所からスギの木がはえており、高さも15mにもなっています。このスギをカヤの木が懐に抱きかかえているように見えるところから「抱寿貴(だきすぎ)のカヤ」と呼ばれています。
 西岸寺は弘長元年(1261年)、鎌倉幕府第5代執権・北條時頼が帰依した中国から来朝の大覚禅師によって開山された臨済宗の古刹です。中興の祖・六世大徹和尚により、康安元年(1361年)に臨照山西岸寺と称え、本尊には宝冠無量寺佛を安置して七堂伽藍を造営し、応安6年諸山に列せられ一本山となりました。その後天正10年(1582年)に織田信長が飯島城を攻めた際、この寺も兵火の厄にあい、弁天堂水月庵を残して七堂伽藍も灰塵に帰します。妙心寺派となり復興に努めましたが、何度か火災に遭い本堂、開山堂等を焼失していますが、本堂は昭和38年に、その他の諸堂は昭和41年に再建されています。
 門前には「伊那三女ゆかりの桜」があります。
(HP管理者)

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No.1493